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宜野湾市(はごろも伝説)





はごろも伝説
     




     昔、奥間大親という人がいました。嫁のきてもない程の貧乏でした。
     ある日のこと、畑仕事を終えて手足を洗おうと“森の川”に立ち寄ったところ、水浴びをしている一人の美女が見えました。物陰から様子をうかがっていると、木の枝に衣がかかっていました。
    奥間はすばやく衣を草むらに隠し、女の前に姿を現しました。おどろいた女は急いで衣を取ろうとしましたがそこにはあるはずの衣が有りません。
    女は「私は天女です。羽衣がなければ天に昇れない。」と泣き崩れました。
    奥間は女の身の上話などを聞き「それは、お困りだろう。私が探してあげるからそれまで私の家で休まれるがよい」というと女は感謝して奥間の家に世話になりました。奥間はその羽衣を倉の奥深く隠しました。


     それから10年、二人の間には一男一女が生まれました。さらに、何年か経ち、女の子が偶然に羽衣を見つけ、弟と遊びながら「母の飛び衣は6つの柱の倉にあり、舞衣は8つの柱の倉にある。」と歌ったのです
    それを聞いた母親は大いに喜び、夫の留守中に羽衣を取り出して身につけ、たちまち天高く舞い上がりました。しかし、愛しい夫や二人の子どもの泣き声を聞くと、急には去りがたく空の上をぐるぐる飛び回り、ついに風にのって大空の彼方に飛び去りました。

     男の子は漁の好きな若者となりました。ある日、勝連按司の娘が婿選びをしていると聞いた若者は勝連に行き、「娘さんを下さい」と頼みました。按司とその家来は大笑いし、追い返そうとしました。
    その時、物陰から若者を見ていた娘は「この人はただ者ではありません。私の夫にふさわしい人です結婚させてください。」と頼みました。日頃から娘を信頼していた按司は二人の結婚を許しました。

     二人は大謝名にある若者の家へと向かいました。その家の垣根は壊れ、雨漏りがしていました。しかし、よごれた竈をよく見ると黄金で作られていました。
    不思議に思って尋ねると、畑に沢山転がっていることが解り、二人は黄金を拾って貯蔵しました。そして、その地に楼閣を造り金宮と名付けました。当時、牧港には大和の船も出入りしていたので若者は鉄を買い入れ、それを農民に与え農具を作らせました。

     人々はこの若者を父母のように慕いました。やがて若者は人々の信望を集め、浦添の按司となり、中山王察度となりました。察度は琉球追王国と中国との貿易を始めたひとです。