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基地政策部 基地渉外課(基地返還AP:はじめに(宜野湾市))



はじめに
 
なぜ今、5年以内(2008)の返還行動計画を策定するか。
 
 なぜ今、普天間飛行場の5年以内(2008年)の返還行動計画を策定するのか。その主な理由として次の3点を挙げることができる。第一には、普天間飛行場周辺で米軍ヘリの訓練飛行が年々激しくなり、地域によっては1日当たり200回を超えるようになって宜野湾市民の爆音被害の実態が極めて深刻化していること。  
 第二に1996年4月12日に日米両政府が普天間飛行場を5年ないし7年以内に全面返還することを合意したにもかかわらず、満7年が経過した現在、普天間飛行場をさらに16年以上も放置しようとしていること。
第三に、米国は海外米軍基地の再編を行おうとしており、この機会に返還が合意されている普天間飛行場での米軍ヘリ飛行訓練の実態と爆音被害の実情を内外に訴えて一日も早い全面返還を実現することが求められている。
 さらに付け加えれば、国や県の協力の下で進められている普天間飛行場の跡地利用基本方針は平成17年度を目途に策定することとしており、引き続き5年以内に跡地利用計画の策定を実施することがのぞまれる。そのためにも跡地利用の具体的展開をはかるために5年以内(2008年)の返還を求める必要がある。

 普天間飛行場は、1945年の沖縄戦中に米軍が建設して以来58年にわたり米軍基地として使用されている。同飛行場は、市面積の約25%を占めて市中央部に位置し、本市の発展を阻害する最大の要因になってきた。
 また、近年は米軍ヘリ部隊が常駐し、学校、病院、保育所、教会などの住宅地上空で旋回飛行訓練を繰り返す米軍ヘリによる航空機騒音被害が著しく激化している。その上にジェット戦闘機も飛来するようになり、市民はさらなる爆音被害に晒されている。いまや普天間飛行場は最も危険な海兵隊航空基地として認識されるにいたっている。
 日米特別行動委員会(SACO)において普天間飛行場の全面返還が合意され、当時の橋本総理大臣とモンデール駐日大使の「今後5乃至7年以内に、十分な代替施設が完成し運用可能になった後、普天間飛行場を返還する」との発表は、宜野湾市民だけでなく沖縄県民に大きな期待を持って迎えられた。
そのSACO合意から7年が経過した今日、普天間飛行場は全面返還されるどころか、年々米軍ヘリの飛行訓練が激しくなり、普天間飛行場周辺地域の住民からは日夜繰り返される飛行訓練による爆音被害の一日も早い除去を訴える声が宜野湾市に毎日のように寄せられている。
現在、国と県が進めている軍民共用空港の建設では、環境アセスメントに3〜4年、埋め立て工事に9年半、滑走路・施設建設に2〜3年、機能移設に1年半などで早くても16年後にしか普天間飛行場の返還は実現しないことになっている。すでに8年が経過していることを合わせれば、1996年の日米合意から24年後の返還となり、戦後の米軍施政権下の27年にも匹敵することになる。
ますます激化する米軍ヘリの飛行訓練による爆音被害に日夜苦しめられている宜野湾市民にとって現状がこれ以上放置されることは許されるものではない。
まさに、今日の普天間飛行場全面返還をめぐる状況は、一番危険な海兵隊航空基地である普天間飛行場を放置しようとするものであり、普天間飛行場返還の原点が忘れられ、「5乃至7年以内に普天間飛行場を返還する」という1996年12月2日のSACO最終報告の合意を無にするものである。
このような現状に対して本市としては、市民の生命と財産を守るために返還を求めるアクションを起こして、日米両政府の全面返還合意を履行させる必要がある。
 また、米国の「基地見直し委員会」の議論及び日米両政府の米軍基地再編協議の開始など、米軍基地閉鎖・再編の動きが活発化している。2003年11月来日、来沖したラムズフェルド米国防長官は、「こんな所で事故が起きない方が不思議だ。代替施設の計画自体、もう死んでいる」と指摘し、2004年1月13日外務省海老原北米局長はロッドマン米国防次官補から「普天間問題を何とかしたい。SACO合意の見直しを検討できないか」と提案を受け、2004年2月3日には外務省竹内行夫事務次官とアーミテージ国務副長官との「戦略対話」を終え、石破防衛庁長官と会談し、「SACO最終報告の見直しを検討したい」と協議の開始を求めたとマスコミに報道されるに至っている。
 米国政府が在沖米軍基地を含めて海外米軍基地の見直しを進めようとする今こそ、普天間飛行場返還の原点に立ち返り、沖縄県民の基地負担の軽減を実現するため、海外米軍基地の閉鎖再編計画の中で5年以内(2008年)に普天間飛行場の閉鎖・全面返還を実現することを強く求める絶好の機会である。